点線。破線。 

いちサバイバーの思ったこと、考えてることのキロク。

20100731(AmebaBlogにて)

あたしはあたしを助けたかったです。

 

ずっとずっと、小さい頃から、ココはあたしが居ていいところじゃないから、だから自分で『あたしがいていいところ』と作ろう。

 

そう思って、やれることを必死で切り拓いてきた。

 

あたしはあたしに問うた。

あたしが好きなものはなに?好きなことはなに? 

誰になんと言われようと、勝手に評価をつけられようと、そんなもん関係ないと突き放せるほどの何かを。

 

探して探して、だめだったらやり直して。

せめてあたし自身が、あたし自身にOKを出してあげられたらそれでもういい。

繰り返し、繰り返し、母や祖母がいう「想像もつかない世界」で、それを続けてきた。やってきた。

 

「あなたが頑張ってきたのはわかってる。でも、どうしてこれから見返してやろうという根性を出さないんだ」

突然、そういわれて。物凄く腹が立った。

あたしが、這い上がるために切り拓くために何かをしていたとき、あなたたちはあたしを見ていなかったし、そばにもいなかった。

せめて、今、あたしは自分がやれる事をしてるんだよと、それだけを知ってもらいたかった時に、あなたたちは耳を貸さなかった。目もくれなかった。

『怖いからイヤだ。怖いから知りたくない。』と、あなたたちはみんな、逃げた。

 

なのに今、突然、『あなたを心配しているのだ』という大義名分を振りかざし、『信頼して欲しい』とあなた達は言う。

そのあなたたちの、都合の良さと気分次第の言葉に、今までどれほど苦しんだだろう。

それでもまだ、あなたたちは、あたしの中に割り込み、批評しようとする気?

 

知らないのなら、わからないのなら、勝手にあたしの中に割り込まないで。

あなたたちが割り込んでくるたびに、あたしは全否定される。

今まであがいて、掴んできたものを、全否定される。

誰かが必死で積み重ねてきたものを、横から薙ぎ倒すことなど、ものすごく簡単だ。

けれどその後に、再び心を拾い集め、再構築していかねばならない、『薙ぎ倒された側』の苦しみと悲しみと怒りを、あなたたちは少しも気にかけない。

あなたたちは、そうやって生きてこれたのだから。

 

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死にたいと。

ただ言葉にするだけで物凄い勢いと圧力で「それはならぬ」と説得をはじめる人を、あたしは今でも大嫌いです。

 

みんな、死にたくなっても死にたいとは言葉にしない。

そうやってみんな生きているのだからと、彼らは言います。

みんなも苦しいし、みんなも死にたくなっても耐えて生きているのだから、あなたもそうするべきだと彼らは言います。

 

なぜ?なぜ、みんながしていることだから、あたしもそうしなくてはいけないの?

みんなはみんなで。あたしはあたしで。

みんながしていたら、あたしもそうしなければいけないの?

 

彼らはすぐ「だいじょうぶ?」とあたしに問います。

「だいじょうぶじゃない。」 それが本音だったから、そう答えたら、「そういわれても困る」という。

なら、はじめから聞かないで。

本音を聞きたいと、あなたが言ったから答えたまで。

聞きたくないのなら、言ってはいけないのなら、問わないで。

 

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何人も、自ら逝った人を知っている。

「それなら、あなたはそれがバカなことだと知ってるでしょう?」とあなた達は言う。

 

あたしは、今まで、自ら逝くことを否定した事は無い。それもひとつの死の形だと思っているから。

 

残された側の苦しさを知っているけれど、残していく側の気持ちも知ってる。

自分を何とかして助けてあげたかった彼らの姿を知ってる。

他人からみれば、『逃げた』ように見えるかもしれない。『甘えていた』ように見えるかもしれない。

でもそんなものは、残った側の感想でしかない。

逝った彼らが、今、幸せかどうかも、後悔しているかどうかも、彼らにしかわからない。

生きている人には、だれにも、正解はわからない。

 

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あたしがもし逝ったら、きっと母はさめざめと泣くだろう。

何もしてやれなかった駄目な母親だと。 

母は、未だに自分が途中で『母』であることを捨てた自分に気付いていない。

あたしが一体、なにを理解して欲しいとおもっているのかも、わかっていない。

 

何年も、何年も、母が「理解したい」というたびに、必死で文献を見せ、主治医に会わせ、似た被害を経験した人達に会わせ、やれることはやってきたけれど、疲れ果てただけだった。

母は数年前から、日本には居ない。自分が帰ってきたくなった時だけ、海外から日本に戻ってくる。

弟の子どもに会いに。自分の友人に会いに。

 

つい先日、母の口から出たのは、「私はあなたのような体験をしなくてラッキーだった。」という言葉だった。

一体どこまであたしはこの人に無神経な言葉を投げつけられて生きていかねばならないのか。

 

こちらから連絡を絶つと、海外から自分の知人に電話を入れ、あたしの安否を確認させる母。

何がしたい? まだ全てをあたしが背負えばいいか?

祖母の生活の状態まで、まだあたしが背負わねばならないのか?

あなたを安心させるために、あたしは生きていなくてはいけないのか?

もううんざりだ。