点線。破線。 

いちサバイバーの思ったこと、考えてることのキロク。

ボンベイサファイア。

食堂かたつむり (ポプラ文庫)

食堂かたつむり (ポプラ文庫)

この本を久しぶりに出してきて読んでいたら、夢を見た。

まだわたしが大酒呑みで。
まだわたしが結婚していたころの話。

当時、わたしは花屋でアルバイトをしていた。
その花屋は地元の葬儀会社に納品するのが主な仕事で、小さな田舎町だというのに毎日毎日尽きることなくお葬式があった。

その葬儀会社の建物は、一階から三階まで葬儀会場にできるので、多いときは一日のうちに三件とも葬儀予定でうまってしまう。




祭壇に飾る花は、遺影をはさんで左右対称になるようにアレンジを作る。

参列者が一番目にするのは祭壇の花なので、アレンジ免許を持った若奥さんとバイトの子が祭壇用のアレンジを作っていた。




下っ端のわたしが作っていた献花は、使う花と組み方が決まっている。

お葬式には定番の菊。テッポウユリ。オンシジュームという黄色で小さな花が並んでいる洋ラン。

赤みのあまり無い淡いピンクや黄色いカーネーションに、リンドウ、トルコキキョウ。てきとうなグリーン(葉っぱもの)。

これがいちばん安い5千円の献花で、どんな小さなお葬式でも30個~50個は必要になった。


葬儀会社から「献花5千円のを30、1万円を10。」という風に追加があるごとにFAXが送られてきて、その数に余分をプラス10個くらいもたせてひたすら組む。

花屋のガンガンにクーラーをきかせた部屋で黙々と花を組み、葬儀会場の都合がつき次第、それらを大型バンで何往復もして運ぶ。

この段階ではまだ祭壇に飾るご遺影は準備できていないのが殆どで、花屋の奥さんが葬儀会社から聞いてきたアバウトな亡くなった人の情報を頼りに花を作り続ける。


ときおり、あまりにも葬儀が立て続けにあって葬儀会社側の人手が足りなくなったりした。

そういう時、ただの花屋のバイトであるわたしも、葬儀会社のジャンパーを渡される。

たいていのお葬式では、御棺のふたを閉める前にご遺体の周りにお花を入れる「お別れ」があると思うのだけど。

そのお花の用意のために葬儀会社のジャンパーと黒いズボンを着て、葬儀まっただなかの会場の中に入る。

自分が作った献花の花の部分だけを鋏で切り、お別れをする参列者の方達が取れるようカゴに入れていく。


そのときにはじめて、自分が朝から作り続けた献花はどんな人のためなのか、祭壇の遺影と参列者の話し声から知ることになる。






そんな日々の中、なんであんな田舎町で営業していたのかフシギなくらい、ちょっと小洒落たバーが家から花屋までの途中にあった。

元・ホテルのバーテンダーをやっていた男性が独立して開業したという。

赤提灯からはじまったわたしの酒飲み歴の中で、唯一の「バー」と呼べるお店だった。


バーテンダーさんイチオシのリキュールで、お店の至る所に空き瓶が飾られていた。まるで香水瓶のような美しい青いボトルだ。

ジンはなんかオヤジの整髪料の匂いがして嫌いと言ったら出してきてくれたのがボンベイサファイアだった。

わたしが唯一飲めるジン。味よりもわたしはボトルの青が好き、という話もした。

その店でのんびり色々なリキュールの話を教えてもらいながら飲むのがとても好きだった。

お菓子に使うものと思っていたコアントローに紅茶のリキュールを入れてソーダ割りにしてもらったもの。

わたしはそれが好きで何度も何度も飲んでいた記憶がある。あとDITA(ライチのリキュール)も。





「今日、中、はいってね。」と葬儀会社の人に言われて、慌ててジャンパーを羽織り黒いズボンに履き替えて、会場の中に入った。

遺影は、そのバーテンダーさんだった。 吃驚しすぎて鋏とカゴを持ったまま唖然とした。

花切りを済ませてから「奥さん、今日の人、わたし知ってる・・・。」と花屋の奥さんに伝えたら、何故亡くなったのかを教えてくれた。


いつもどおり閉店作業をしてから自宅に戻る途中、トラックと追突。

そう。お店から1本ずれると昼も夜も大型トラックが通る県道がある。

その県道に出てすぐの追突事故で、自分が運転していた車とトラックの車体に挟まって即死。首が飛んだ御遺体だという。



わたしと歳のかわらない、彼氏にふられて自殺した女性。 バンドをやっていた男の子の交通事故死。

川で遊んでいて溺死してしまったちいさな子ども。

そしてもっとも多いのは高齢の人たち。病死もあれば、老衰による孤独死もあった。


花を組みながら、運びながら「なんで死にたいわたしが生きていて、この人たちは死んじゃってるんだろう。」とぼんやり思っていた。

わたしにとってこのバイトと、そのバーテンダーさんの死は『日常に死は常に傍にある』ということを、改めて突きつけられる出来事だった。


うつ病が激化する前だったこと。

そしてこの花屋のバイトは某小学校無差別殺人事件を理由にクビになったこと。(犯人の嘘のとばっちりで。)

元夫が生活費を稼げども稼げども全部使っていくことでフラフラだったこと。

あまりにも色々なことがありすぎた頃なので、なかなかあの日の出来事をだけを思い返す日は無いのだけど。


夢を見て起き上がると、柑橘系リキュールの香りが、した。

酔いつぶれられないわたしが、ぼんやり酔っている時に見えていた、あの青い瓶の映像が浮かんだ。


いろんなものに飢えていたわたしに、生きるためのお水をくれた場所でした。